House AN

計画背景

敷地は宇都宮市郊外に位置する。「六軒」という特徴的な地名の場所で、未だ水田もまばらに残る住宅地である。そんな中に古くからその地名の由来となった六軒の内の一軒がここに建っていた。とても大きな銅板葺きの小屋組みを持つ平家建ての家屋であった。もちろん古くから周辺地域を代表する目印となっていたものである。さらに個人の敷地内としては、珍しくお稲荷さんの御社もあった。戦後の混乱期に紆余屈曲を経て、この場所に奉られることになったそうである。銅板の大屋根と共にこのお稲荷さんも、地域の記憶を引き継ぐものとして、周辺には知れ渡っていた。このような敷地ではあったが、やはり建物保存の難しさ、所有者の代替わりとともに立替計画が起こった。はじめて敷地を見学したときには既に、大屋根の母屋は取り壊しが決まり、親子別々に建てる予定のうちの親世帯住宅は、ハウジングメーカーでの設計が完了していた。そんな中での子世帯住宅が本計画である。計画としては、時代とともに失われつつある、「場所の記憶」を再構築するところからはじめることになった。

設計趣旨

敷地南側にもすでに3層のマンションの計画があり、更なる住環境の変化が予想された。時代や生活が変わり、様々に更新され、周辺コンテクストとの関連はますます薄くなる。そんな中で残り少なくなる「場所の記憶」を何とか計画に反映させようと考えた。施主家族が捉えている周辺の記憶を挙げると、隣地を挟んだ東側に広がる絵画のような水田と土蔵の風景、北側の大きなびわの木、敷地内のお稲荷さんと南側にある旧宅の名残りの日本庭園である。それらに向かい合うように建物の軸線を決め、開口を絞る。それ以外は密集した周辺環境を考慮し、建物中央にコートを設け内向きに開く構成をとる。そのインナーコートに対しては、1階では各個室が、2階ではリビング・ダイニング、浴室、キッチン、外部デッキがそれぞれ向き合い、内に開放的な生活が展開される。そして家族が集まる2階には、外に対して最小限に採られた窓から、「場所の記憶」が常に生活の背景として映りこんでくるのである。様々に移り変わる時代や環境に対して、古いコンテクストを否定し排除するのではなく、それらを再構成し新しい生活に採り入れる。そしてそれらを包む白く四角い大きな箱が、新たに地域の目印をして「場所の記憶」を更新するのである。

押尾章治

所在地:栃木県宇都宮市宝木町
家族構成:夫婦・子供1人
主要用途:戸建住宅
敷地面積:477.03㎡
建築面積:90.30㎡
延床面積:137.18㎡
構造:木造 2F
竣工年:2009年